私は親になれない

流産を3回経験した子なし四十路女の小言。それでも切実に伝えたい事。この日本でも個人での自由な生き方がもっともっと当たり前になりますように.....。

★はじめに★

ご訪問いただき、ありがとうございます。
こちらには2015年、2016年と3回の流産を経て
体と心の回復が感じられるようになった2019年の秋頃から
これまでの流れを追いながら経験した事、感じた事を綴っています。
もしお時間ある時には目次より記事の初めから読み返していただけると嬉しいです。
どうかこの文章が共感、また新しい発見、など
沢山の方々の、そしてたった一人でも誰かの心の救いになれますように・・・。

 

70、飲めない

実はこの歳になるまでコーヒーが飲めなかった。

ブラックはもちろんただただ苦い。

そしてカフェラテ的なものを飲むとどうにも気持ち悪くなる確率が高くて自分にはコーヒーが合わないと思い込んでいた。

 

息子犬が我が家来てから、まだ散歩ができない赤ん坊の頃から抱っこ紐に入れて色々な『ペットOK』のカフェに行ってゆっくりする時間を持つようにした。

そのおかげで猫並みに、いや、猫以上に座れば必ずや走って膝に乗ってくるべったり膝乗り犬になってしまったのだが、そのおかげでどんなお店に行っても、膝の上にさえいれば全く動きもせず何ならいることさえ気付かれないくらいに大人しくできる。

そんなこともあって、この子を連れてカフェに行く事が増えた。

また、歩く事自体より人に愛でられる事に満足感を得るらしい彼自身もこうしたお店に行きたがって仕方がない。

 

たまたま現在住んでる家の近くに朝からやっている、『コーヒーがうまい』と噂のしかもワンコOk・Wifiまでしっかり完備してるカフェがある。

初めてここに入ったときは、数少ないワンコOKのカフェだという事で紅茶でも飲むかとふらっと入った。

当たり前のように店の売りはコーヒー。

しかも店中にコーヒーのいい香りが充満している。昔から香りだけは好きだった。

毎朝、両親は二人してコーヒーを入れて飲んでいた。その光景や香りにはずっと小さな頃から憧れたものだ。

 

「ちょっと気持ち悪くなってもいいか」

と、こちらのカフェラテを豆乳に変えて飲んでみた。

 

 

「うまっ」

思わず声が出てたかもしれない。

 

絶妙な苦味と酸味、豊潤な香り・・・・とか云々はもちろんわからないし上手く解説ができないのだがとにかく「美味い」と一口目で感じたのだ。

ものすごく寒い朝の日。この暖かいコーヒーに包まれてものすごくあったまった。

 

この時思い出したのである。

同じように初めてビールを『うまっ』と感じた時のことを。

 

20代前半に友人と行ったかんかん照りの海。死ぬほど暑かった。

そしてシャワーを浴びた後、びっくりするほどキンキンに冷えたビールが出てきた。

藤原竜也なら床に顔をつけて絶叫だ。

 

「うまっっっっっ!」

 

これがうま過ぎて、世の親父たちがかぁ~っと言ってる喉越し的なものを初めて理解し、すっかり『とりあえずビールで』派になってしまったのだ。

今も家事全般を終え、プシュッと開けたビールをゲームの電源をつけて1日の終わりを迎えるのが至福の時だ。

 

そのコーヒーが絶妙に美味いと感じたカフェに行くようになってからすっかり、PC作業をする時間には片手にコーヒーがないと落ち着かなくなってしまった。

しかしまだ、憧れのブラックにはたどり着けていない。

 

ワインと一緒で好みの豆的なものに出会えたら、ずっと子供の頃から眺めてた両親の朝の光景のようにブラックを飲んで「ふぅ」と一息入れれるようになるのだろうか。

憧れるわぁ・・・。

 

新しい発見は無限にある。まだまだ五感にビビビと来る世界が沢山存在するのだろう。

色々なものを嗜めるようになったら、行ける世界が少なくても見える世界は広がるんだろう。

 

と、外出ができない今、考える。

この機会に何か家でしか出会えない新しい世界を見つけたいと思う。

 

「かぁ~~!」

と言える事がもっとあれば豊かになる気がするのだ。

 

 

69、呼吸しかない

昨日、緊急事態宣言が出された。その前から出されるという情報があったわけなので関係があるのかないのかわからないが昨日からすこぶる精神的に調子が悪い。久しぶりに暗闇くんがご機嫌窺いに来た。

 

当たり前のように朝、息子犬を散歩に連れ出し買い出しに行く以外外出はしていない。要請されてるからというのもあるが、そうして行かないといつまでもこの状態が続く。医療現場を守り抜く事が急務だしいつまでもこの状態がダラダラと続くのが困るから一刻も早く皆、自宅待機して欲しい。毎日毎日思う。

 

旦那は職種上どうしても仕事に行かねばならない。特に今大事な時期らしくきっと深くは語らないがそれなりに大変な状況で必死なのだろう。

だから、なるべく私のこの精神的な事でSOSを出さないように注意してきた。

 

毎日、朝は割と調子は悪くない。でも、人が増える時間を避けて行動するために家ですべきことをいそいそとこなし、息子犬とも人と接触しないよういそいそと散歩をして、買い物もどうしても混んでる場所があるので人と距離をとりいそいそと済ませ、これまたいそいそと帰宅する。

家に絶対にウィルスを持ち込まないように帰宅したら入念すぎるくらいに手を洗い、除菌をし、うがいをし、性格上神経質さに拍車がかかってるので買ってきたもの、誰かが触ったであろうものは全てそれ用の除菌剤で除菌する。

鞄の中身を戻すのに色々触れるので再び除菌する。すぐにメイクも落としてコンタクトも外す。そして鼻うがい。

 

・・・・・・

この時点で何ともいえない疲労感に毎日襲われる。

今でも働きに出なくてはならない人ももちろん想像できないくらい大変だと思う。

でも、家にいる主婦も家を守るのに必死な人も沢山いる。スーパーなんて人がベラベラ喋ってギュギュウ並んだりしてるから下手したら満員電車より危ない。

主婦も戦場で毎日戦っているのだ。

だからこそ医療現場やこうしたスーパー等で働いてる人たちに毎日感謝と尊敬と労う気持ちでいっぱいになる。

 

そして私を今襲っている孤独感は、現在の孤独感と別に過去の孤独感も連れてくる。

「どうして私は親になれないのか。独りでいるんだろうか。」

 

という実際に向き合って投薬し戦っている『敵』がここぞとばかりに襲ってきた。

影に隠れていたそいつが牙を剥き出しにして襲ってきたのだ。

 

私はやはり親になるなということなのだろうか。せっかく進んだ減薬も今はまた再び諦めて一歩、二歩戻るべきなのだろうか。

それくらいの事態がこの世界で実際に起きている。

 

もう一度授かるために頑張ろうと思った途端いつもこうした抗えない障害が訪れる。

それを呪いたくなりイライラするのがこの病気の典型的な症状だ。それはもう痛いほど自分がわかっている。

それが苦しくなって昨日は不思議と旦那が帰ってきてから余計に具合が悪くなった。

ちぐはぐである。

 

一方で思った事がある。

旦那の子供は大丈夫だろうか。元嫁の仕事がセーブされてしまってるとすれば生活的に大変なのではないだろうか。そんな事が頭をよぎった。よぎっては、

『そんな事今は考えてる場合じゃない今自分がやばくならないようにしなきゃ』

『でも、子供は何も悪くないし絶対に心の中で旦那はその子供のことを心配し想ってるに違いない』

『何で私がこんなこと心配しなきゃならんのだ』

と繰り返していた。

 

その結果、夜には完全に暗闇くんが私にべったりイチャイチャ状態となった。

 

独りでいるとどうしても頭が先行して働く。体を動かすにも限界がある。

元々頭でっかちになっててそれを治療してる私は『不安』という見えない敵と新たに『ウィルス』という未知で見えない敵とも対峙せねばならない。

 

この文章で自分のことを吐き出したかっただけじゃない。

こういう気持ちでいる人がきっと沢山いる。

そう想像するだけで楽になることも正直ある。

引きこもりが苦手な方じゃない。

ただ、私がうつ病を打破できるようになってきた物事、体のメンテナンス心のメンテナンス、人との会話、習い事、新しいものとの出会い。助けられてきた物事一切を禁じられてしまっているから独りが怖くなってきた。

久しぶりの感覚。

抱えてる課題が大きすぎてパンクするのが恐ろしくそれをギリギリの状態で保つ精神の筋力がないからどうにか『人と繋がっていられる手段がないか』と模索する。

 

同じ思いをされてる人たちをつなげていきたい。

 

『不安』な気持ちは当たり前だからこそ、一番厄介な宿敵なのだ。

自分でコントロールできる体の働きは『呼吸』だけなんだそうだ。呼吸だけが体が総合的に反応する唯一の突破口なんだそうだ。これはカウンセラーの先生に教わった事だ。

 

鬼滅の刃じゃないけれど、何となく苦しくなったり不意にイラッとしたりした時に目を瞑って我流の呼吸を行うのがとても効果的らしい。

ボーっっとしながら陽が出ている時には陽を浴びて。ベランダでもいい。

ゆっくりと呼吸をしてるだけで、心拍数が変わってくるのを感じるはず。

脳みそが攻撃してくるから自らその脳みそをなだめる方法を見つけて行かなければならない。

 

今日も無事に一日終わる事。

ただそれを願う。

68、生きていけない

息子犬も大好きな人たちに会う事を控えさせてしまってる状況なので、ちょっとした散歩以外何とか家でストレスを溜め込まないように運動不足にならないように試行錯誤している。

 

ご飯も時間をかけて食べるおもちゃの中に入れるようにしたり、新しい『好きになる」おもちゃを発見できるように携帯でペットグッズと睨めっこだ。

 

うちの子はパグ犬なのでわりとグデッとした時間が長くてもそこまで問題ないが、大型犬や多くの運動量を必要とする子たちはもっと大変だろうと思う。

もちろん散歩はしてるのだが、何となく人を避けたりしながらなので人の大好きなうちの子はやはりどこか不満そうである。

 

そして昨日、挑戦した新しいおもちゃが彼の中で相当ヒットしたらしく楽しそうにはしゃいでいたのだが・・・・(しかもそれは猫のおもちゃ)

はしゃぎすぎてソファーから思いっきり落下してしまったのである。

 

キュンという鳴き声は出さなかったものの、やはり焦ったのかその後抱き上げた時、心臓が相当バクバク言っていて

「・・・・・・。」

とだんまりしてしまった。

ごめんねごめんねととにかくなだめ、本人以上に焦った私はネットで検索し、こういう時には何をチェックすべきなのかを調べ一連の流れを終え『心配』な気持ちは抱えながらも一応大事には至らなかったようだ。と確認した。

 

しばらく落ち込んだのかそのまま私の膝でスースーと眠った後、起き上がるともう

 

「おやつの時間では?」

という推しの表情で私を追いかけてきた。

もうすっかり相当な恐怖と落胆だったであろう事をものの15分ほどですっかり忘れているようだった。リセットボタンがかなり優秀に働く。

 

そう。短い命を生きる動物たちは嫌な事などさっさと忘れてしまわないと生きていけないのだ。

 

命が続くであろうと漠然と考える人間は落ち込んでは引きずり、ずーっとそれを忘れられずに苦しんで「その時」を生きて行かなきゃならない事を忘れてしまう。私はその典型だ。

だから犬や猫やその他動物たちは人間よりも限られた命をしっかり把握していて生きているようにさえ感じる。

 

『起きてご飯を食べて遊んで動いてちょっとお仕事して食べて寝る』

 

それでいいのだ。いいはずだ。

 

さくらももこ先生の漫画の中でも「コジコジ」という漫画が好きだった。内容は、『メルヘンの国』の学校に通うキャラクターたちが将来はスヌーピーやミッキーマウスのように人気者になるため勉強をしている。というもの。

さくらももこワールドのまま相当にシュールなのだが、きっと日本の神道的に考える『何事にも神が宿る』的な観点でこの主人公はかわいい純粋無垢「すぎる」神として描かれたものなのだと勝手に捉えている。

 

これがかなり深い事を言うのだ。

 

(学校の先生)「なにっ!? 遊んで食べて寝てるだけじゃないかっ」

(コジコジ)「えっ!悪いの? 遊んで食べて寝てちゃダメ?」

(先生)「コジコジ...キミ...将来一体何になりたいんだ?それだけでも先生に教えてくれ。なっ?」

(コジコジ)「…コジコジだよ。コジコジは生まれた時からずーっと将来もコジコジはコジコジだよ」

(先生)「がーーーーーーん(ぐうの音も出ない)」 

 

第一巻の第一話でこの名台詞が飛び出すのだ。

この漫画はきちんとシュールなオチがありながらも節々に考えさせられる事が沢山出てくる。

『神様はその辺にはいません。心の中にいます。』

 

みたいなことも軽ーくすんなりふざけながら言ってしまうのだ。

 

我々夫婦はこのコジコジが前から好きなので息子犬を見ながら時々

 

「コジコジみたいだなぁ」

なんて会話をするほどだ。

 

動物は今、この時だけを生きている。

それが一番難しいことだとわかってるから本当にこの子たちは凄い、というよりこれが本来の生き方だよな、と日々思い知らされるのだ。

 

悪い思い出は学びとしてだけ残して心にはそうそう残さずに生きていく。

人間は見習わなければならない事が沢山ある。

だからこそ私欲によって飼ってる人間も繁殖している人間も最低だ。

動物の殺処分はどんどん増えていく一方だという。

 

日本は神道の心が宿ってるはずなのにどうして動物、ペットに関しての法律が薄っぺらなのだろう。

そういうところがいつまで経っても豊かじゃないのよ、ジャパン・・・・・。

67、落ちない

家にいる時間、テレビもずっと同じ事ばかりをやっていて見る気もしない。

PCを弄りながら音楽をかける時間が普段より長くなった。

 

時代は進んだもので、高校の頃、

「96年summer」とか「97年winter」とか自分で揃えてきた音源を当時はMDに自らプレイリストをそれはまぁまぁな時間をかけて作っていた。

 

もっと前にはA面からB面に行くところでは否応なく音が途切れるという何ともいえない暗黙の了解のもと、カセットテープにも落とし込んだものだ。

少し前にまたこのカセットテープ熱が再燃してたらしい。あの懐かしい感じとレコードとCDの間のアナログ感がたまらない気持ちは何となくわかる。

 

それに比べ、今はピッとボタンひとつ押せばAI氏が自分の好みを選択し勝手にDJしてくれる。すごい事だし、たった20年ほどでこんなにも世の中は変わるのか・・・・と痛感する。しかもそのAI氏は勝手に学んでってどんどん優秀になる。

少し前は、ちょっとあさってな選曲をしてきたりして、それがちょっとツボにハマったり逆に発見を生んだものだが近頃はその頭脳が優秀すぎてか、ピントポイントで自分がMDにまとめていたように好みの曲を流したりするからありがたくも何となく面白みを感じなかったりもする。

 

それでも自分の心にズキュンとくる曲が流れると、何ともいえない『あまーい気持ち』になったりするものだ。

 

音楽はやっぱりすごい。

嗅覚や視覚や触覚や様々な感覚を生きる中でその時代、その時を彩っていた自分の中の主題歌やBGMはいつ聴いても一瞬にして心をタイムスリップさせる。

 

元より『音楽の聞き方』が割と『思い出』と寄り添ってる私はちょっとした音の変化で過去の喜怒哀楽を余計に感じやすいが、こういう『音楽』が大好きでそういうものが作りたくて音に携わる仕事がしたいと思いその道へ進んだのだ。

 

そんな今は片隅で『Holeの Celebrity  skin』が流れてる。

自分がバンド活動を始めた頃の曲だ。シドとナンシーまでにはならなくとも、コバーンとコートニーのカップルに沢山崇拝者がいて、音楽の世界の中のカップルって素敵よね。なんて髪の毛を脱色してはおかしな色にしてた日々のことを思い出す。

 

高校時代の仲間とは、20代の頃よく酒をかっくらってカラオケに行っては、それぞれに染み付いてる思い出の曲を当たり前のように歌い毎回感慨に耽けたり、アホなほどに盛り上がったりしてた。こういう所、気の合う仲間だった。

 

私は初めて高校の学園祭で人前で歌った曲が今井美樹の『PIECE OF MY WISH』だったのでいつもよく歌ってた歌わされてた。後なぜか中森明菜の『飾りじゃないのよ涙は』を・・・。

 

そしてそのカラオケの最中に懐かしのLe Coupleの『ひだまりの詩』をたまに歌ってた私に友人の一人が

「これはなんか思い出があんの?たまに歌ってるけど。」

と聞いてきた時がある。

 

この曲はもう今でも聞くと恥ずかしいくらいにピュアな気持ちに巻き戻るヤヴァイ曲だ。

高校生の頃それはもう当時の力では限界と感じるほどに頑張って告白して付き合った一つ上の先輩とイヤホンを片方ずつ付けて聞いた思い出があるのだ。

その後、高校生あるあるだが付き合いなんて『月単位』。あっという間に終止符が打たれるわけだが思い出と曲が耳に直接インプットされすぎてて怖いくらいの洗脳ぷり(笑)。どわ~っと短かったのに当時は濃くて仕方なく感じたその何ヶ月かの事が一気に脳裏に湧き上がる。

 

その友人には

 

「あーそれはすごいわ。淡いわ。残るわー。」

と言われ、その場でビールを一気に飲まされたものだ。

 

誰しもいい思い出なり悲しい思い出なり、染み付いた音楽があると思う。

音楽、ましてや「曲」の良し悪しはそれぞれの生きてきた道が違うようにそれぞれが持ち合わせてるものだ。

 

だから特にこの音楽を0から作る仕事をまがりなりに一瞬でも携わった自分には音楽を生み出す難しさがよくわかる。

だからどんなアーティストに対してもリスペクトの気持ちがある。

 

思い出に染み付いた音楽はどんな洗剤でも決して落ちない。

すごく素敵な事だ。

心が動く、動かせる一番身近な『楽』である。そしてそれぞれの思い出のアルバムになる。

 

最近では、official髭男dismが作る音楽がすごいと思う。

歌詞も曲展開も、そして人の心を掴む『キュンどころ』をしっかり解りながら盛り込んでいる。

きっとこの人たちの曲をのちに聞いて淡~い気持ちになる人たちが沢山いるのだろう。

 

新しく音楽が生まれてる限り、世の中は大丈夫だ。

 

あ、今YUIの『CHE.R.RY』をうちのAI 氏は流しましたよ。

キュンキュン。あー、思い出します。

あの日、あの時の、気持ち。

 

66、想像もしない

『まさか』

『そんなはずは』

『自分がこうなるなんて』

 

世の中はほぼほぼそれで成り立ってる気がする。

予想もしなかったことが起こるからこそ生まれるものもある一方で、何故マイナスの面でもその連続だと分かっているのにそれを忘れ過信しては、馬鹿を繰り返してしまうのだろう。

それが人間らしくって~いいじゃない。

なんて鯔背に言ってる場合じゃないのが現在の世界状況だ。

 

震災の時に自分の生きてるうちにまさかあんなにひどい実情を目の当たりにする事となるとは思ってもみなかった。

そしてまさか自分が3回も流産をし手術を繰り返し親になれないだなんて、そんなはずではなかった。

まさかそこから自分から一番遠い存在であると思ってたうつ病になるなんて。

コロナウィルスと言う世界規模の災害の中、毎日が映画の中で描かれる仮想現実のような『現実』で暮らしている。こんな事が起こるだなんて思ってもみなかった。

 

日本は何においても人権だ議論だとスピードが牛歩並みだとこの緊急時に明るみになったような気がする。どこか分かっていた事だが明るみになってきた。危険な状況になるとその人や店や団体の本質が露わになるものだ。

 

『こんなはずではなかった』

日本政府はきっと議論の中でこの渦の中にいながらものんびりと構えているのだ。

ようやく動いたかと思えば家庭に二枚マスクの配布だなんてもう恥ずかしい。千鳥のノブに

 

「イカ二貫!!」

の口調で

 

「マスク二枚!!」

と言って欲しい。

 

近隣にいる父と母と現在は会わないように心がけているのだが、二人とも持病持ちなので毎朝・そして毎夜寝る前に

『今日もとりあえず症状は出ずに感染は防げてるようだ』

と思いホッとするのだと電話で述べていた。父に至っては免疫が低くなってしまう病気を患ったため毎日怖くて仕方がないのだそうだ。

そしてやはり、志村けんさんの死でそのショックと突きつけられた現実にその恐怖心が実態を帯びてきてるようなのだ。

 

こんな精神状態、絶対に人を壊していく。

うつ病患者の私はうつ病であることを客観視する事ができるようになっているので「こんなはずでは」ではなく「この感じやばい」と自分自身に緊急事態宣言を出す事ができる。

両親はもちろんうつ病患者ではないから私は直接電話でその緊急事態宣言を二人に出した。

 

「そうね。構えておかないと。」

と、精神的にもヴェールを張れるように促す事ができた。

 

空振りでもいいのだ。緊急事態宣言というものはそういうことではないかしら。

 

『こんなはずでは』

では遅い。

そんな事象がこのコロナウィルス。

 

早くしろ早くしろと周りが言ってるのに一向に動かないのはどんな利権が絡んでようが根本的に人の命を守ろうという理念がないからなのでは!?と感じてしまう。

遅かったでは済まされないことなのに。

 

毎日が牛歩だ。鈍間すぎて呆れてしまう。

シェルターやヴェールをそれぞれ自分で「頑張って」作るしかない実情。

自分の流産経験、うつ病闘病上でもそれを日々感じてきた。

決して優しくないと感じてしまったこの国。

 

それをこれから多くの人が実感してくことになるのだろうなぁ・・・・。

 

65、淡くてせつない

今期、一番入り込めたドラマ『死にたい夜にかぎって』が終わってしまった。

賀来賢人さんの絶妙な表情や動きには引き込めれまくったし、わがままでどうしようもなくイライラ映るはずの女性を「可愛くて仕方がない」人物に演じ上げた山本舞香さんもこれからもっといい女優さんになるんだろうなぁと思わされた。

 

最終回、躁鬱病と閉所恐怖症をそれぞれ持ち合わせている二人が震災をきっかけに6年間の関係を終わりにするのだが・・・。

とても切なかった。

別れ際もどこかカラッとしてて冷めきってるように見えた彼女から渡された最後にもらった手紙。

 

『6年間お互いに時間の無駄だったね。マジで。でも最高に楽しい時間の無駄遣いだったよ。ありがとう』

 

と言うラストが心に刺さった。

最高の無駄な時間なんてそれこそが最高に贅沢な時間だよなぁ。となんだか久しぶりに自分の今までのことを思い出したりもした。

 

大人になればなるほど、生きる意味や目的をはっきりさせないといけなくなる。

そうしていなきゃダメだと、必然的に思わされる。

げんに私は音楽に情熱を向けていた時にタイムリミットに縛られて『結婚して子作りをして出産して親になって家庭を作って行かなきゃいけない。だってそうしたいから』と、先に自分に時間割を作ってしまった。

 

きっと大人はみんなそうして行かないと不安になるから先を見据えないと今現在の時間が無駄になる。と言う観念に覆われてしまうのではないだろうか。

実際にそうである事を痛いくらいに実感していく。

 

若ければ若いだけ、『今、その時、どう思うか』で行動する、できることが多い。

だからと言って現在問題になってる

 

「コロナなんて自分には関係ないさ~今を生きなきゃ」

と言ってるのはただのバカでそちらの類は置いておこう。

 

私にも思い出すと最高に無駄な時間だったなと感じる付き合いがあった。

でも不思議と嫌な思い出がない。当時はあったんだろうけど、過去になってるその時間に後悔がなく、この作品の手紙のように最高に楽しい時間の無駄遣いだったからなのかもしれない。

なんだろう。あの、好きなのにサヨナラしなきゃいけない時の胸をガシッと掴まれるような気持ち。

当たり前のように最近では全く感じないあの甘酸っぱい気持ち。

今、こんな時だからこそ何だかその懐かしい感情に一瞬だけど物凄い救われた。

 

愛と恋の違いって一体何だろう?なんてこれこそ若さたっぷりの話題を、酒をかっくらっては友人たちとよく話したりもしていたが、この「甘酸っぱさ」は絶対に恋にしか存在しない。

愛とはなんぞやということは日々生きていく中でゆっくりと書き込まれていってる気がするのだが、逆に今、恋ってなんだろうって思いかえすことが久しぶりで何だかすごく擽ったくそちらの方がもう遥か遠い感情だなぁ。なんておセンチな気分にもなった。

 

心の病の重い部分とコミカルな日常と人間のしょうもなさと素晴らしさと、そしてそんな若さや恋の甘酸っぱい空気を一気に盛り込んだ、素敵で奥深い久しぶりに自分の中では名作ドラマだった。

是非多くの人にみてもらいたい。

 

そして私は原作を読んでみたいと思う。

ああ。恋か。

私が『妻』でもなく『親になりたい必死な人間』でもなく将来の心配なんて何となくしかしていないただの女子だった頃。

懐かしい。

 

あいつも、あいつも元気してるかな(省略。)

64、ほぼ喋らない

外出自粛を心がけ、息子犬の軽いお散歩と買い出し以外は極力外に出ないようにしている。割と近隣にいる両親にも会わないようにしている。

 

自宅に篭ることに関してはストレスもなく、流産後に子供や妊婦に出会うのが怖くて外に出られなくなった時よりも精神的には楽なのだが。

 

今のウィルスも、それに対する恐怖心的な物はその時の子供や妊婦に近いものがある。

これに関しては自分がどうなることより、大切な家族が感染してしまう事の方が何億倍も怖いので自分もかかってはいけない。とビクビクしてる感覚が強い。

 

ご存知のように我が家には子供はおらず、夫婦二人。そして息子犬。

渋滞を避け早朝暗いうちにかなり早く出ていく夫とは帰宅後のおよそ3時間ほどしか会わず、息子犬には話しかけたりイチャイチャしたりはしていても、気づけばほぼ人と喋っていない、会話をしていないことにふと気づく。

自分から引きこもっていた時はそれを自ら望んで穴蔵生活をしていたわけだが、その結果もっと闇を纏う羽目となった。

 

そう。

『会話をしない時間が長い』のはとても危険である。趣味があっても、家にいるのが苦痛でなくても一方通行のインプットばかりで生活してると頭が、心が、爆破する。

それを経験済みの自分だ。

 

二日前に『コロナ鬱』について書いたばかりだが、耐性は確かにある。

新しい感情ではない。元より鬱持ちの自分にとっては追い討ちというか何か違う違和感を時間経過ごとに感じ始めている。だからこそ身構えている。

特に志村けんさんの訃報を聞いてから心に、気づいていなかった孤独感がまたゆっくり巣作ってきた自覚がある。

 

だからこそ考えた。きっと未だに仮設住宅暮らしを余儀なくされてる単身の方々が更にに孤独死していくのではないかと。

二次被害としてこういった事が気づいたら多発していた、という恐ろしくも現実味のある想定をしてしまった。

 

そして、自宅待機を余儀なくされている国々、自粛を心がけるように呼びかけられてるこの日本でも『家庭内DVや虐待』が増えてきてるという。

なんなんだ。このしょうもない二次被害というか二次加害みたいなニュースは。

イライラして殴るのだろうか。先が見えなくて不安で家族に当たり散らすのであろうか。自分だけ耐えてると思い込んでるのだろうか。

孤独に、差し迫る暗闇くんにビクビク怯える自分や必死にギリギリに保っているであろう「精神疾患持ちですよ」と告知されている人間の方がよっぽどマトモではないか。

そんな奴は家族なんて作らないでほしい。そんな奴はこの騒ぎが起ころうが起こらなかっただろうがその家庭を守れていなかろう。

 

私は子供が二人いて日々忙しいであろう親友に

「たまにLINEしていいですかー?」

と打った。

二人の子を家に待機させてる状態で電話は困難だろうから。

子供がいない自分でもそれはそれでやはり相当に大変であろうと想像できる。

 

志村けんさんのニュースが流れた時、心臓がドクっとなって漫画的に表現するなら何かが自分の中で覚醒しそうになってしまい頭を抱えている時(私の場合は暗闇氏ですね)、その親友から同じくショックを受けたとLINEが入った。

家で一人でよくわからない感情でメソメソ泣いていた私はまたしても彼女に救われたのだ。

その流れでお勧めされた『鬼滅の刃』を見た事、たわいもない事を文字上だけど交わし、私はそう伝えたのだ。

 

「たまにLINEしていいですかー?」

そして

「LINE大歓迎」

 

と返ってきた。

我ながら私たちの関係性はとてもいい距離感だと自負している。普段はあまりべったりじゃないけどいざと言う時は必ず近くに寄る。お互いに。

ありがたい。助かった。

エネルギー溢れる子供が二人もいてこの自宅待機は、それはそれでとても大変だろうに・・・・。そして恐ろしくもあろうに。

 

そして、小さく巣作っている孤独の種を排除しようと旦那に

「もし可能なら、終業したらちょっとでも早く帰ってきてもらえたら助かる」

とLINEした。

 

これも母に電話で言われた事だった。

「こんな状況でまた悪くしたら意味がない。特にあなたは1人の時間が長いのだから、こんな時くらいなんとか助けてもらいなさい。ちょっとでも家にいる時間を長くしてもらいなさい。そうちゃんと伝えるのよ」

と。

私の悪い癖の一つである『大丈夫だろうと過信して我慢する』が発動してることに、母はいち早く気づいていた。声だけで。

 

しかし、今のところ何時間も既読にもならず返信はない。

まぁ、仕方ないか。

 

・・・・・・

この『まぁ、仕方ないか』も危険であると熟知している私は今身動きが取れない。

きっと帰宅した後も

「大丈夫になった」

と言ってしまうだろう。

特に今は自分だけが苦しんでるわけではないのだから・・・・。

精神的な病気も自覚すると楽になる時と自覚してしまってるが故に苦しくなることがあるようだ。

ねばっこくて厄介で、やはりまだまだそれなりに仲良くやって行かなきゃいけないみたいだな、暗闇くんとは。

 

私よりももっともっと独りでいる方々が最悪の自体にならな事を祈るばかりだ。